塾やるのって大変?
家庭教師として7年弱勤めたのち2007年4月から個人指導の塾を始めました。仕事のこと、趣味のことなど、色々ととりとめもなく書いてみようと思います。
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自分を知るということ2
前回は受験を主な目的として
「自分を知る」
ということを書いたんですが、
もう少しだけ書かせてもらおうと思います。

僕が書いている「自分を知る」とは

「いったい自分という人間はなんなんだろう?」

という抽象的なものではなく
(そういう意味で自分を知るのは
 僕にとっては果てしない問題です)

ある目的、目標を達成するために

「自分の能力、状態を把握する」

ということです。

そのためには自分という人間を「機能」としてみなす、
ということが必要になりそうです。

スポーツであれば、その種目で必要とされる能力。
受験であれば、必要な受験科目に必要とされる能力。
仕事であれば、仕事で結果を出すのに必要とされる能力。

というように、自分の目標に対して必要なものだけを
取り出して考えることが必要でしょう。

漠然とした自分、というものを考えても答えは出ませんから。

またこのようにして自分を知ることは自分を客観視することと
イコールなわけですが、
自分の(邪魔な)感情を排除することも必要です。

自分の中の目標達成を第一に考えるならば、
「したくない」「めんどくさい」「あの人嫌い」
といった感情は余分なものでしかありません。

極論になることを恐れずにいうなら、
より合理的に目的・目標を達成したければ
人は「機械」のようにならなければならない、ということです。


簡単にできれば苦労しないって、
と自分で自分に突っ込みたくなるのですが、ハハハ。
自分を知るということ
前回の記事でサッカーについて
自分のことを分析したりして書いたんですが、
今回は自己分析、ということについて書いてみます。

「敵を知って自分を知れば百戦百勝」
ということは2千年以上前の中国で言われて
今でも通じる言葉であるように、

何かをするにあたって、まず自分を知る、

ということは大変大切なことであるように思います。

社会での仕事などにおいては、
必要とされる能力も多岐にわたり、
また、他者から見た自分も意識する必要もあり、
自分というものを客観的に把握することは
かなり難しい作業であると思います。

反して、受験、というものにおいては
常に数字(点数、偏差値)がほぼ唯一の基準であり、
自分を把握することは比較的容易である、と思います。

受験において必要な自己分析とは、簡単に言ってしまえば

自分の苦手強化、分野を把握してつぶす、

ということです。
意外にこの作業ができない人は多いです。

勉強を進んでするように、とか、
勉強を楽しく出来るように、という段階では
得意教科をさらに進めていくのは
間違いではないでしょうが、
受験で成功するためには
やはり苦手の克服が重要になります。

1教科で100点取れるが、あとはダメ、というより
まんべんなく70,80点取れる方が良いのは当然のことです。

以前指導していた生徒でもこんな失敗がありました。

K君は偏差値40程度。目標は早稲田(笑)。
僕は英語の指導ということで
家庭教師として彼のところに行きました。

彼の熱心さもあり、
最終的には英語の偏差値は70超えました。
早稲田の赤本(過去問)でも
英語は9割以上の正答率です。
(この時点で、僕より英語の力は上になってました)

僕は彼に対して
英語はここまで来たら伸びしろも小さいし、
もっとほかの教科に力を入れよう!
という話をしていましたが、
彼はやはり約半年で
英語の偏差値が30近くも伸びたのがうれしかったのか、
英語に力を入れ続けていました。

結果として早稲田の入試でも英語は楽勝だったそうですが、
政治経済の試験では大問4つか5つのうち、
2つをまるまるおとしてしまった、と。
当然不合格でした。

得意教科を頑張ることは悪くないですが、
常にバランスを意識することは大切です。

このまま、早稲田を例として話をしますが、
学部の相違はありますが、合格ラインは約7割です。

とすると、得意教科ではとれるだけ取れればよいのですが、
苦手教科でも最悪でも6割(できれば6割5分)を
切らない、といった対策の立て方が必要になってきます。

国公立の受験においても
理系のカギは英語、国語で(理数は当然出来る前提で)
文系のカギは数学、理科
になってきます。

受験においては
自分の受験科目の中でのバランス、を意識しましょう。

生きる上でも、バランス感覚というのは大切です。
燃えるな!
こんばんは〜

ここ数日生徒のことを記事にしてました。
多少こちらから意図的に勉強するしかない
という状況にもっていったのですが。

ここでちょっと受験に対する心構え?
みたいなものについて書いてみたいと思います。


ネットなりテレビなりいろんなところでですが、
塾や予備校、学校の先生が
「真っ赤に燃えろ!」
「120%の力をだせ!」
みたいなことをおっしゃるのを見かけます。

僕はこの手の言葉が非常に苦手です。

「燃えたら燃え尽きちゃうし」
「自分の力の限界を100%とかんがえたら
 120%なんて出るわけないし」

まあ非常にひねくれたとらえ方なんですが。

(ちなみに、僕はこういうのが苦手というだけで
 生徒と一緒に燃える先生は立派だと思います)

では、僕はどう考えているのかというと。

自分の目標をしっかりと持ち、
その目標に対して自分がどれくらい努力することが必要か、
それを出来るだけしっかり見極めて、
その見極めができたなら、
「坦々と」そのために必要な努力をすればよい。
見極めができないなら、
「坦々と」いま自分に出来ることをすればいい。

(「坦々と」は「平凡に」「普通に」ということです
 「淡々と」ではありません)

机の前に「OO大合格!!」とか
ハチマキしめたりとか、
教室全員で拳を突き上げて「やるぞ〜!」とか
そんなものは全然必要がない。

自分の意識の中で目標をしっかりと持ち
それに向けてやるべきことをやる、
という軸がぶれなければ、
そんなものは余計なものでしかない、
と思っています。

いろんな精神高揚のための儀式?は
本人の意識がきちんと定まっていないから
必要になってくるのでしょう。

気持の不安定な中高生には
こういうことが必要なんだ、
という意見はありますし、否定はしません。
生徒に勉強させる環境づくりには役立つでしょう。

でも、僕は自分の生徒には
自分で目標を立て、自分の意志で勉強してほしいのです。


自分のやるべきことは当たり前にやる。

僕が生徒に一番求めたいことです。
「見通し」は大切!
偶然や運、奇跡。
みんなよく口にする言葉です。

もちろんある程度の確率に基づいて
そういうことは起こりうるでしょう。

でも、確率は人間の努力その他、
によって十分変わるはずです。

奇跡を起こして天候を変えた
という話では

弘法大師(空海)が
日照りの時に雨乞いをして
大雨を降らせた話や

三国志の諸葛亮孔明が
赤壁の戦いで
風向きを変えて大勝した話

などが有名です。

彼らは本当に奇跡的な能力の持ち主だったのか?
おそらく違うでしょう。
何らかのデータや知識をもとに
天候の変化をしっかり推測し、
それに基づいて行動したに過ぎない、
と僕は思ってます。

このような準備を怠ると
こんな失敗を招くこともあります。

もう10数年昔の話ですが
大学卒業を控え就職活動をしていた僕。

大して真面目に活動もせず、
実際に訪問した会社は6、7社位。

最終的にO商事、Y証券、N証券
で内定がもらえる寸前まで来ました。

その時点で商社の仕事に興味を持った僕は
2つの証券会社には断りを入れて、
O商事だけに話を絞りました。

めでたく内定をもらい、翌春就職。

そして、97年にY証券は経営破たん。
「いやあ、行かなくてよかったなあ」
翌98年に自分の会社、O商事も破たん。

ハハハ、最後まで残った会社3つのうち
2つがつぶれてます。

一応僕が回った会社は全部
東証一部上場企業で
就職前は倒産した上場企業なんて
まずなかったんです。

だから
運が悪い?
僕が厄病神?(これはあるかも、ハハハ)

いやいや、やはり一番の問題は
「見通しの甘さ」
だったと思ってます。
バブルがはじけた後の
厳しい経済状況を考えたら、
そういう可能性も
しっかり考慮すべきでした。

僕は今の仕事を楽しんでますし、
後悔もないのですが、
当時の経験は明らかに失敗だと思ってます。

受験生のみんなにも
「こうしたらこうなる」
「この学校に行きたいからこれが必要だ!」
という明確な見通し、ビジョンを
持ってほしいと思います。

言ってる僕にも
自分の塾のこれからのビジョンは
必要なんですが、ハハハ。
願望と意志
大地さんのところから
たくさんのお客さんに
来ていただき、
ありがとうございます。

新しく来ていただいた方も、
以前から来てくださっている方も、
駄文で申し訳ないですが、
これからもよろしくお願いします。

ある生徒を指導していて。

最近、彼がこちらの課題を
全然こなしておらず、
(量、質的にできるもの)
そのことも含めて
彼と話をしました。

祐介「お前、本気で早稲田行きたいんか?」
生徒「いけたら行きたいです。」

彼がしっかり勉強しない理由が
少し見えた気がしました。

「いけたら」
という言葉には願望だけが
あると思います。

「勉強しなくても成績上がったらいいなあ」
「受験して受かったらラッキーだなあ」

今のままなら、彼の成績は
大して上がらないでしょう。

一方で
「行きます。行きたいです」
という言葉には意志があると思います。

「行きたい。けど今のままでは…」
「だからこれをしないと!」
「必ずこれをやりあげるんだ」
「できるまでやるぞ」

スラムダンク風に言うなら、
(読んだことない方すみません)
「断固たる決意」
というやつです。

この強い意志、を
彼に持ってほしいと
思っているのですが、

今まで僕が教えるスタンス、
というのは、
「やる気がないなら辞めれば?」
でした。

が、今はこの問題について
かなり考え込んでいます。

やる気がないならどうしようもないのか?

上のような言葉で彼の意識が変わるのか?

生徒に必ずやる気を出させる具体的な方法があるのか?

この問題を解決することができたら、
彼にとっては良いことでしょうし、
指導者としての僕にとっても
プラスになると思ってます。

今日は仕事の悩み事?
をダラダラと書いてしまいました…