塾やるのって大変?
家庭教師として7年弱勤めたのち2007年4月から個人指導の塾を始めました。仕事のこと、趣味のことなど、色々ととりとめもなく書いてみようと思います。
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中立
久しぶりの記事更新になります。

「中立」ってタイトルにしたんですが、

中立の立場を貫くのは、大変だし、難しいことです。

特定グループに属さない独自の意見を通すと、
全ての他のグループから攻撃されたり、
いいように利用されたり、という危険が常にあるように思います。

一つの例を出してみたいと思います。

東京(極東)軍事裁判の裁判官をつとめた
インド人のパール判事です。

彼は、上の裁判の裁判官でただ一人、
裁判の有効性に疑問をあらわにした人物です。

軍事裁判はいうまでもなく、戦勝国側の一方的なものだったのですが、
パール判事は
「戦争で勝った方は強かった、というだけで、
 正義であるわけではない」
と主張します。
また、A級戦犯を罰する法律が戦争後に作られたことにも言及して、
法が出来るまえの行為を罰することは法律的に無理、
ということで、戦犯の無罪も主張します。
また、原爆を投下したアメリカへの批判も行っています。

パール判事の上記の意見には僕も賛成です。

で、政治的におそらく右寄りの方々にも
彼を絶賛する人がすくなくありません。

その手のホームページというのは
ネットで検索するといくらでも見つかります。

その結果?靖国神社には
パール判事の顕彰碑が建てられています。

ただし、パール判事は連合国の主導する
軍事裁判の無効性を主張すると同時に、

日本主導の満州国建国が誤りであったこと、
南京事件、バターン死の行進を始めとする
日本軍による残虐行為が
アジア諸地域であったことを認めており
日本が行ったことに正当性があるかのような発言は
していません。

が、先ほど書いた右向きの方々の主張には
この話が取り上げられることが殆どありません。
(少なくとも僕は見たことがありません)

彼は連合国も行った残虐行為や植民地政策、
戦勝国として一方的に都合の良い裁判、
に対する批判を行いましたが、
決して日本の犯した行為を認めたわけではなかったのです。

結局、裁判においては米英の裁判官を中心とした
主流派からは完全に孤立してしまいます。
(唯一オランダから来た裁判官がパール判事に
 同調した意見をもったようですが、
 本国=オランダ政府からは主流派から
 はずれない旨の指示を出されていました)

彼自身についても、インド政府から
パール判事の意見とインド政府の意見には食い違いがある、
と言われてしまっています。


植民地政策の権益争いの結果として
太平洋戦争があった。
その点では、日本も当時の先進国(欧米諸国)も同様であり、
戦争で勝った国が一方的に敗戦国を裁くのは不当だ。
そして、あらゆる戦争を回避するためにも
国際法上の正義に基づいた裁判を行わなくてはならない。

というのが彼の考えだったのでは、
と僕は理解しているのですが。

まあ、中立、というだけでなく、
少数派として、正しいと思ったことを
しっかり主張するのは難しいですね、という話でした。